この地球という命の惑星において、
かけがえのないひとりひとりの存在、
その大切な人のちからになる。
バリアフリー・コミュニケーションをつくり笑顔をあふれさせる。
それがアトリエ球の出発点です。

地球

2011.05.31

アトリエ球の球は地球の球ですが、だいたいの人は、たまさんといいます

たまさんが きたよ~と、受付のおじさんは、笑顔でいいます。

アトリエたま・・・これもありかもしれません。

フィールドルフィンズ

2011.05.06

自閉症は聴覚からの処理に問題があり、また認知の問題から、抽象的な概念を理解することが難しい障害です。言語という抽象的な概念を伴った聴覚情報の取り扱いが主である一般的なコミュニケーションの場面では、自閉症の人にとっては明らかに不利なのです。

どんな場所でどのように振舞うかを身に着けるソーシャルスキルを身を身につけるためにも、いろいろな場所でその場所に応じた行動をさせることが大切です。パラオのドルフィンベイにいけば、イルカに会えたり、遊べる、泳げるという喜びを教えたことは、ひとつの楽しい余暇の場所として心に刻まれました。
自閉症の子供は、新しい場所が嫌いなのではなく、「わからない」からパニックになるようです。その場所を理解できる情報を事前に与えてやれば、決して新しいものへの挑戦も、新しい場所への旅も嫌いではなくなるのです。構造化のアイデアを持ってでかけましょう。

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音楽運動療法

2011.04.06

音楽運動療法 (ベストハウス123にて放映)

  • 野田 燎教授が行っているリハビリの一つで、生の音楽の演奏を聞かせながら、トランポリンによる上下動を組み合わせることにより、脳への刺激を高め、脳障害によるさまざま症状の改善を目指すリハビリです。
  • 現在、この療法は、脳神経外科の専門医と野田教授との連携により、大阪府にある病院の一か所だけで行われています。
  • 事故あるいは発病からできるだけ早期にこの療法を受けることが、一番有効であるといわれています。
  • テレビ放送の影響などにより、お問い合わせが大変多くなっていますが、こちらでは、その病院のご紹介のみとなっています。音楽運動療法の直接的な窓口ではないため、病状および、参加の可否については、直接病院にお問い合わせください。

  私の著書「彩・生」で、この音楽運動療法を受けた患者家族の立場として明記していますが、この療法の一番のポイントは、急性期の患者本人だけでなく、家族にとって必要であると、切実に思ったことにあります。リハビリは、患者と、そしてその家族に必要な場合が多いと、私は思います。この療法をせめて体験を通じて一度でも受けることが、その後のパワーへとつながる気がします。介護はがんばりすぎないことが基本とはいえ、どうしてもぎりぎりまで頑張ってしまいます。急性期はなおさらです。その急性期に、ほんのすこし心を緩めることが、大きな一歩へとつながるのです。

 東大阪でのみ実施されていることもあり、なかなか受診にはいたらない方もおおいかもしれませんが、野田教授がいくつか本も出されていますので、それらを参考にされてもいいかもしれません。生の音楽の演奏と、トランポリンやバランスボールを使っての上下動という療法ですが、私の場合も、数回療法を受けたあとは、日常生活にいろいろ取り入れてやっていました。生演奏は無理でも、お気に入りのCDを流しなら、うまくても下手でも生歌をつけて、バランスボールや、あるいはベットの上で、体を上下させる、といったことを、本人の状態にあわせてすることはできます。

毎日音をきかせる、毎日話しかける、毎日刺激をあたえる、つまりはそういった繰り返しのすべてが脳を活性化させる気がしました。

音楽運動療法は、一つのきっかけかもしれませんが、私にとっては、とても大きな一歩となりました。

野田燎氏の著書一覧

音楽運動療法入門

脳は甦る(音楽運動療法による甦生リハビリ)

芸術と科学の出会い(音楽運動療法の理論と実践)

自閉症について

2011.03.06

自閉症って、障害って何でしょうね。我が家の自閉症児は確かに言葉や行動は独特ですが、私たちが気がつくと見失いそうになる優しさだとか他人を受け入れる包容力とか、そういった人として最も大切にすべきものを持っている、最もその自閉症という文字とは対極の世界にいる、本当の社交性をもち合わせた天使という感じがします。言葉を使うようになってから、現在まで彼が日常もっともよく口にする言葉があります。
「ありがとう じゅんこさん」(息子は時折 私のことを順子さんとよびます)
「ありがとう」

彼は12歳になりました。
自閉症という障害は、普通のいまの社会の中では、さまざまな人の支援がなくては生活しにくいことがやはり多々ありますが、そんなくらしの中で彼から教わることは とてもとても大切なことばかりでした。

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